東京地方裁判所 平成2年(人)13号 決定 1990年9月28日
請求者 弁護士 野島正
被拘束者 C・K子(国籍タイ王国)
拘束者 東京拘置所長 水上好久
右指定代理人 田中治
<ほか三名>
主文
本件請求を棄却する。
本件手続費用は、請求者の負担とする。
事実及び理由
一 請求者の申立て
被拘束者を釈放し、請求者に引き渡す。
二 事案の概要
本件は、売春防止法違反被告事件の被告人で東京拘置所において勾留中の被拘束者の国選弁護人が、拘束手続に違法があるとして、被拘束者の釈放等を求めたものである。
三 請求者の主張
被拘束者は、平成二年八月一一日、前記被疑事実で現行犯逮捕され、同月一四日ころ勾留の裁判を受け、同月二一日に東京地方裁判所に起訴されて、現在東京拘置所に勾留中の者であるが、ほとんど日本語を解しない被拘束者に対し、タイ語による翻訳文の添付された起訴状謄本が送達されておらず、検察官は公訴の提起の際にも翻訳文添付の起訴状謄本を裁判所に提出していない。
本件起訴状謄本の送達は、被告人である被拘束者の実質的な防御権に対する配慮を欠き、刑事訴訟法二七一条一項及び刑事訴訟規則一七六条一項の趣旨並びに憲法三一条の適正手続の保障の規定に反する違憲、違法なものであり、また、翻訳文の添付された起訴状謄本が裁判所に提出されずになされた本件公訴提起の手続は、それ自体が違法である。
従ってまた、本件拘束である被告人の勾留にも重大な違法がある。
四 当裁判所の判断
当裁判所の準備調査の結果によれば、請求者主張の各事実関係については、これを一応認めることができる。
しかし、刑事訴訟法又は刑事訴訟規則上、検察官が翻訳文の付された起訴状謄本を裁判所に提出しなければならないこと、又は裁判所が翻訳文の付された起訴状謄本を被告人に送達しなければならないことを定めた規定は存在せず、現行法上、検察官が起訴状の謄本に翻訳文を添付して公訴を提起し、又は裁判所が翻訳文の付いた起訴状謄本を被告人に送達することまで求められてはいないと解すべきである。
従って、本件公訴提起及び起訴状謄本の送達は何らの違法ではない。
また、本件準備調査の結果によれば、本件においては、平成二年八月一一日の警察官の面前における被疑事実の告知と弁解録取、同月一三日の検察官の面前における被疑事実の告知と供述録取及び同月一四日の勾留質問手続の各機会において、タイ語を解する日本人の通訳を介して、本件逮捕及び勾留の基礎となった被疑事実の告知、確認が行われており、被拘束者の国選弁護人たる請求者においても、東京地方裁判所が指定した日本語を解するタイ人の通訳人を同行して二回にわたり被拘束者と面会し、起訴状の内容について事情を聴取していることが認められるのであって、本件身柄拘束及び公訴提起の根拠になった事実について、被拘束者は自国語により告知の機会を与えられていたものと評価できるのであるから、実質的にみても、本件公訴提起又は起訴状謄本の送達が憲法及び刑事訴訟法の規定する適正手続の保障に反し、被告人の防御権を不当に侵害しているということはできない。
従って、本件被拘束者の拘束に手続の違反があるとはいえない。
さらに、本件拘束に対しては、刑事訴訟法上、勾留取消請求等の不服申立ての手段が存在するのであるから、他の救消方法によっては、相当の期間内に救消の目的が達せられないことが明白であるともいえない。
よって、本件請求は理由がないことが明白であるから、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 荒井史男 裁判官 高橋譲 森冨義明)